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前川の私信平成24年11月25日

皆様へ

前川 藤一

自立・共生>の旗幟を控えめに恥らいながら掲げ

吉本親鸞の最後の言葉、<横超>の真髄

死ぬときは、何処だって一緒だよ」に泣く

 昨年より私は、3月の東日本大震災―5月母前川美子突然の死―7月次期衆議院選挙福岡11区からの出馬決意―9月日の丸自動車深川労働組合執行委員長辞任―10月日の丸交通退社―12月糖尿の悪化・肝機能低下の発生(引篭り状態)-1月チヨダ時代からの大恩人・中野式精穀機商会の所雅司社長の訃報―3月吉本隆明死去―6月甥前川尚太郎の死―7月小沢一郎氏ら民主党を離脱・「国民の生活が第一」結党(衆議院選出馬断念)と激動しました。皆様には、ご迷惑・ご心配をお掛けしましたことを心よりお詫び申し上げます。

 9月ごろより友人たちの激励により、且つ親族・友人からの支援・カンパによる経済危機からの脱出により体調も少しずつですが快復しております。酒量を自宅療養中かなり減らしたためか肝機能は驚くほど回復いたしましたが、血糖値・ヘモグロビンA1Cの数値は依然高止まり状態が続いております。
7月に還暦を迎え、そんなに長くは生きられないと思い、微々たる金額ですが年金生活者の一員に加えていただきました。また小沢一郎氏と共に活動したく東京・江東区選出東祥三幹事長のところで「生活」の党員となり、体調の許す範囲で今回の衆議院選のお手伝いをする所存です。
昨年8月ごろから『日本最強の思想家吉本と日本最強の政治家小沢が語る「大震災・原発・東北の心と風土そして日本の未来」』と題するテレビ対談を企画し、吉本氏より「やりましょう」と了解をいただき、友人H氏の仲介でTV局も関心を示し、小沢東京事務所秘書O氏と接触交渉に入りましたが、私の病状悪化と吉本氏の入院―死亡により実現いたしませんでした。
今月16日、吉本さんの月命日なので、線香をあげに本駒込のご自宅に伺いました。遺骨と質素な祭壇が設けられおり、長女多子(さわこ・漫画家ハルノ宵子)さんから吉本さんの奥様であられる母和子様(俳人)が10月にお亡くなりになったとのこと、吉本さんの結婚の経緯を聞いていたので、同年にご夫婦で亡くなれることに何かの縁を感じます。
この私信の題につけた「死ぬときは、何処だって一緒だよ」は、友人菅原則生のブログ「死の吉本隆明」に掲載されております。検索していただければ幸いです。
実は昨年8月の段階で「チヨダ・サケ・デザイニング前川事務所」HPは開設していたのですが、諸般の事情により公開を控えておりましたが、12月より公開いたします。
皆様のご健康とご活躍をお祈り申し上げます。